国民主権国会は閉会中ですが、14、15の両日は、衆参の予算委員会で外交・安全保障政策についての集中審議が行われました。政府の憲法解釈を変更し、集団的自衛権行使を一部容認するに至った7月1日の閣議決定について議論するため、急遽開催が決まったものです。

しかし、集団的自衛権の行使を一切認めてこなかった我が国の重要な政府方針を変更するにあたり、国会が閉会している間に時の内閣の一存で決定し、決めた後で国会の質問を受け付けるというやり方は極めて問題です。憲法が国家権力の暴走を食い止めるために定めている、「国民主権」や「法の支配」をあまりに軽視しているからです。

今回の閣議決定においては、集団的自衛権の行使が可能となる要件として、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」ことが求められています。皮肉なことに、安倍政権の集団的自衛権容認の手続きは、それ自体、我が国の存立や国民の権利が「根底から覆される明白な危険」をはらんでいます。

それだけでなく、衆議院の予算委員会では、民主党の岡田克也議員の質疑により、集団的自衛権の行使が可能となる場合があまりに広過ぎることも明らかになりました。内閣法制局の答弁は、上記の「明白な危険」とは、他国に対する武力攻撃が発生した場合に、「武力を用いた対処をしなければ、国民に、我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況」というものでした。常識的に考えれば、それは、国民の命や領土が不当に奪われかねない緊急事態を指すはずです。しかし、安倍首相は、ペルシャ湾に機雷が設置されて石油が入ってこない場合や、集団的自衛権を行使しなければ日米同盟が深刻な影響を受ける場合にも「明白な危険」は生じうるとの答弁でした。

個人に置き換えれば、理由もなく突然命や財産を狙って攻撃してきた相手に正当防衛で反撃するような場合と、自分の家から離れた宅急便の通り道に置かれた障害物をどけたり、一緒に反撃しなければ絶交すると親友に言われて他人を攻撃したりする場合とを同列に扱っています。

今回の閣議決定は、「従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として」憲法9条が禁ずる武力の行使の例外を認めるとしますが、安倍首相の答弁では、例外たる「自衛のための措置」が広過ぎ、憲法9条が無意味になってしまいます。戦後の日本の平和に貢献した憲法9条が骨抜きになるという意味でも、安倍政権は「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」を生じさせています。