DSCF617616日、細野豪志代議士とともに、地元の黄川田徹代議士や市議会議員さんらのご案内で陸前高田市を訪ねました。保存処理された「奇跡の一本松」の手前に、新たに幅の狭い高架橋ができ、何本かに枝分かれしながら伸びていました。一見ジェットコースターのコース風ですが、橋の上はベルトコンベヤーです。高台造成の切土で生じた山側の土砂を、かさ上げが必要な海辺の土地に運ぶために作られました。近日中に稼働し始めます。

Bib9uGMCUAEcE9v土砂を運ぶベルトコンベヤーのために金をかけ、橋を作る必要があるのかと思われるかもしれません。しかし、山側と海辺は気仙川で隔てられているため、土砂をダンプカーで運ぶとなると近くの気仙大橋を渡るしかないのです。それでは一般車両を巻き込んだ大渋滞が起きることは必至ですし、事故の危険も高まります。ベルトコンベヤーで運ぶことにより、ダンプカーで運搬すれば10年かかるところが3、4年で済むそうです。

気仙川を横断する箇所は美しい吊り橋になっていて、地元の小学生によって「希望のかけ橋」と名付けられました。「希望のかけ橋」ができたことで、山側の高台造成と海辺のかさ上げが同時に進みます。「奇跡の一本松」と同様、見る者を元気づけてくれます。震災前には想像できなかった「奇跡」と「希望」が一体となった風景は、復興に取り組む陸前高田を見事に象徴していて、とても印象的でした。

陸前高田でもう一つ感銘を受けたのは、黄川田代議士が津波で亡くなったご家族のために昨年建立した墓碑に刻んだ文章です。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という平家物語と同じ書き出しで始まり、大津波による被害の惨状を述べた後、「自然に謙虚であれということか、本当に厳しい警鐘でもある」と続きます。

そして、「川村屋(黄川田家の屋号)としても、身内はもちろん社会との絆を強く結び、家と森、川、海と共生する古里の復興のため、未来に向けて地元での新たな生活の場を求めていかなければならない。二度とこの災禍を繰り返されることのないよう、また、この現実を後世に伝え風化させないよう、願いを込めて菩提塔を建立する」と締め括っています。

黄川田代議士の想いが凝縮されたこの文章を読みつつ、この地で生きる人々は、それぞれの心の中に、不幸な境遇に屈せず未来に向かうための「希望のかけ橋」を築いているのだと感じました。この目に見えない大事な「かけ橋」を、コンクリートよりも強靭なものにしていくことを誓いつつ、細野代議士と陸前高田を後にしました。