26日、細野豪志前幹事長ら民主党の若手議員と共に福島県の川内村を訪ねました。山に囲まれた緑豊かな農村地帯ですが、村全域が福島第1原発から30km以内の場所にあったため、原発事故直後は遠藤雄幸村長を含め全村民3028人が郡山市などへ避難しました。今でも原発から20km以内の村の東側の地域は避難指示が解除されていませんが、遠藤村長が「帰村宣言」をしてから1年8か月が経ち、徐々に村の復興が進んできています。

民家の一次除染作業は100%終わり、村が管理する広大な仮置場には廃棄物がフレキシブルコンテナ(フレコン)と呼ばれる袋に詰められ、さらに防護シートで覆われた状態で整然と並べられていました。3年ぶりに農業も再開され、震災前の約3分の1の水田で米が収穫期を迎えていました。

4月から稼働した野菜工場は、外気に触れず土を使わない無農薬の水耕栽培により、レタスやほうれん草などが育てられ、県内のスーパーなどで順調に売れているとのことでした。廃校後の校舎を工場に転用するなど企業誘致にも積極的に取り組んでいます。復興庁の協力により大手コンビニが進出し、内科・歯科に加え、眼科・整形外科の診療も可能になるなど生活インフラも整いつつあります。

ただし、村民の勤務先の多くが富岡町など原発立地地域にあったため、事故で働く場所が失われてしまいました。そのため、50歳以上の帰村率が6割近くなのに対し、50歳未満は26%に留まっています(4月1日現在)。井出復興対策課長は、「川内村は親がいなくなった子のようなものだ」と語っていました。ある日突然、養ってもらっていた親(原発立地地域)がなくなり、これからは子(川内村)が自力で生計を立てていかなければならないという厳しい状況を例えたものです。

それでもなお、遠藤村長をはじめ村の職員たちは、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」という憲法の定めを胸に刻みながら、日々一生懸命、村の復興に取り組んでいます。津波の被災地を含めてこのような市町村は各地にあり、その活動に寄り添い、支援するのが政治家の大きな任務だと思っています。

経産省の高級官僚が、「復興は不要だと正論を言わない政治家は死ねばいいのに」と匿名でブログに書き込み、停職2か月の処分となりました。もし過疎や高齢化が進んだ地域の復興が不要というのであれば、この官僚は「一部の奉仕者」に過ぎません。「全体の奉仕者」たることを公務員に求める憲法を守る気がないのなら、潔く公務員としての命を絶つのが正論ではないでしょうか。