お盆の最中の14日、岸田首相が自民党総裁選に出馬せず、裏金問題の責任を取って退陣することを突如表明しました。それまでは、自らの任期中に憲法を改正し、大災害などの緊急事態中は国会議員の任期を延長できるようにして国政の機能を保つと訴えてきました。
それをやらずに、よりによって岩手を含む東北に台風が直撃した直後、そして南海トラフ地震の注意報の発令中に退陣表明するとは予想だにしませんでした。ならば、もっと早く退陣してもよかったと思います。
最後まで残念な岸田政権でしたが、あえてその功績を挙げるとすれば、日銀総裁を黒田氏から植田氏に代えたことだと思います。その結果、日銀の姿勢は大きく変わり、自ら誤りを認め、それを正すようになりました。
その象徴が、3か月に1回発表する、「展望レポート」の物価見通しです。黒田総裁時代は、見通しが当たることは皆無でした。私は黒田総裁への質疑で、「自らがこだわる異次元の金融緩和を正当化するため、恣意的な『願望レポート』になっているから当たらないのだ」と、何度も指摘していました。それでも黒田総裁は決して誤りを認めず、退任するまで物価見通しを外し続けました。
ところが、昨年11月の私の質問で植田総裁は誤りをあっさりと認めたのです。以来、物価見通しは徐々に当たるようになり、先月末には、ついに「経済・物価は、これまで示してきた見通しに概ね沿って推移」という黒田総裁時代に見られなかった表現が日銀の公式発表に現れるようになりました。
23日、財務金融委員会の閉会中審査で、植田総裁に「なぜ、植田総裁に代わってから展望レポートの物価見通しが当たるようになったのか」と尋ねると、「大変難しい質問です」と断りつつ、2、3年前の黒田総裁の時代には、①輸入物価の上昇を一時的なものと考え、②賃金の上昇はあまり考えていなかった、という理由で実際より低い物価の見通しを出してしまった旨を述べました。
その結果、急速に円安が進み物価高に拍車がかかったのですから、黒田総裁の責任は重大です。植田総裁は、1ドル160円を超える円安に直面し、利上げを行ったところ、円安が修正されて一時1ドル140円まで戻り、株式市場も大混乱となりました。
これを受けて、植田総裁の責任を問う声もありますが、前任の黒田総裁時代に物価見通しを適切に行っていれば、そもそも極端な円安もなかったはずです。自分の過ちを認めずに去っていった者の責任こそ、問われるべきです。