3日、久しぶりにお札の顔ぶれが一新されました。新一万円札の顔に選ばれたのは、明治時代に活躍し、日本の「資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一さん。彼の講演をまとめた「論語と算盤(そろばん)」は、実業人としてのモラルや生き方の理想を示した名著です。

派閥パーティーの裏金問題は論外として、このところ、名だたる大企業において法規制を破ったり、消費者の健康を害したり、役所との癒着を強めたりといった不祥事が後を絶ちません。岩手でも、地域の象徴である岩手山の眺めを売りにしたマンションの広告に、あろうことか青森の岩木山の写真が使われるという由々しき問題が起きたばかりです。

道徳や公益性を大切にする「論語」をないがしろにし、目先の「算盤」勘定で私益を追い求めた結果がここに表れています。そんな「今だけ、金だけ、自分だけ」の風潮がはびこる時代だからこそ、新一万円札の顔に渋沢栄一さんが選ばれた意義は大きいと思います。

歴史を振り返ってみると、最初に一万円札が登場したのは、昭和33年(1958年)です。大きめのお札に「聖徳太子」の肖像が描かれていました。昭和59年(1984年)に切り替わるまでの26年間、日本は高度経済成長を果たし、国民の暮らしは豊かになりました。この間、消費者物価は約5倍になり、一万円札の価値は5分の1に減りました。しかし、平均給与が約15倍に激増したため、勤め人の懐具合は3倍も楽になったのです。

その後、今日までの40年間、「福沢諭吉」が一万円札の顔だったのは、ご存じのとおりです。ただし、「聖徳太子」の時代とは逆に、バブル崩壊、リーマンショック、コロナ禍などによって国民の暮らしは次第に苦しくなっていきました。この間、消費者物価は3割程度しか上がらず、一万円札の価値は3割減に留まりました。しかし、平均給与が2割しか上がっていないため、物価上昇に賃金上昇が追い付かず、「働けど楽にならない」時代でした。

今後、円安が進んで輸入品、とくに食料やエネルギーが値上がりして物価上昇はさらに激しくなる可能性もあります。「聖徳太子」の時代のように一万円札の価値が下がり、「福沢諭吉」の時代のように賃金が伸び悩む、という最悪の事態を防がなくてはなりません。

目を転じると、海外で稼いでいる企業は円安によって業績を伸ばし、投資家も株価が上がって潤っています。法人税や金融所得への課税を所得税のように累進課税にすれば、増えた税収を中小企業の賃上げなどのために役立てることができます。渋沢栄一さんは、強欲な経済を否定してみんなが富める社会を目指していました。一万円札に描かれた自らの姿を、一部の人だけでなく多くの人に見てもらうことを、彼も強く望んでいることでしょう。