24日は、「震災メモリアルパーク中の浜」の開園式で宮古市へ、26日は、民主党の復旧・復興推進本部の視察で野田村、久慈市と青森県の階上町を訪ねました。
24日は、開園式の前に宮古市中心部の末広町商店街を訪問、佐香理事長から「補助金で単発のイベントを行うより、個々の商店の力を強めることを目指している」とのお話を伺いました。他方、被災した商店街の中では復旧が早く、震災直後はかなりのお客様で賑わっていたものの、震災の記憶の風化と共に客足が衰えてきたことを不安視されていました。
山本市長や前川議長からもお話を伺い、今後、宮古市では公共施設を再配置して中心市街地のコンパクトシティ化を目指すとのことでした。理事長を中心にまとまりとやる気のある地元商店街と連携し、賑わいを取り戻せるかどうかが成功の鍵を握ると感じました。
「震災メモリアルパーク中の浜」は、もともと海辺のキャンプ場でしたが、津波で使用不能となりました。壊れ果てた共同炊事場や洗面所、なぎ倒された周囲の山林を見ると、津波の記憶が生々しく蘇ります。こうした震災のメモリー(記憶)を風化させないため、環境省が「自然の脅威や震災の記憶を後世に伝える場」として公園に生まれ変わらせました。開園式というと楽しげな印象がありますが、この公園は違います。厳粛な気持ちでテープカットに臨みました。
26日は、安住本部長や黄川田事務総長ら総勢8人の国会議員団と田名部匡代前衆院議員、そして岩手、青森の党所属自治体議員で各地を訪ねました。途中、久慈駅から陸中野田駅まで「あまちゃん」で有名になった三陸鉄道に乗車しました。
この日は、月曜日の午前中だというのに遠方からの観光客で満席となり、私たちを含め多くの乗客が立っていました。「あまちゃん」では、主人公たちが「潮騒のメモリー」を熱唱する舞台となった三陸鉄道ですが、ドラマ終了から半年以上経っても「潮騒のメモリー」は風化していないことを実感しました。
この二つのメモリーを結び付け、三陸全体の観光の活性化と復興の加速化の双方を実現する方策があります。長らく不通となっている宮古と釜石の間の鉄路を一刻も早く復旧させること。そして、施設の整備や維持管理は国やJRに応分の負担をしてもらった上で、三陸鉄道が宮古以北の北リアス線、釜石以南の南リアス線と併せ、一貫経営することです。当事者が協力してよい結果が出せるよう、私も支援していきます。