24日、天皇陛下をお迎えし、臨時国会が開会しました。今国会で、私は予算委員会の委員、憲法審査会の幹事、法務委員会の理事を務める予定です。予算委員会では消費増税の妥当性や閣僚の任命責任、憲法審査会では国民投票法の改正、法務委員会では外国人労働者の受入れ制度が、それぞれ大きなテーマになりそうです。

さて、安倍首相は、初日の所信表明演説の結びで「長さゆえの慢心はないか。そうした国民の皆様の懸念にもしっかりと向き合ってまいります」と述べました。しかし、「長さゆえの慢心」は、枚挙にいとまがありません。

第一に、内閣改造で麻生財務・金融担当大臣を留任させたこと。首相夫人と森友学園との関係を隠ぺいするために財務省で公文書の改ざんが行われたことは不問にしつつも、麻生氏に財務省のトップとして国民に負担を強いる消費増税を担当させたり、金融行政のトップとして不祥事を起こした金融機関の処分を担当させたりしています。「他人に厳しく身内に甘い」典型例であり、慢心以外の何物でもありません。

第二に、12月10日までの短い会期中にもかかわらず、先日の中国訪問など外遊のため3回も国会を欠席する予定であること。上記のとおり各委員会で重要案件が目白押しであることに加え、国民の大多数が首相の説明に納得していない「森友・加計問題」もあります。全国民の代表が集う国会での説明責任を軽視した「職務怠慢」であり、これも慢心の現れです。

第三に、憲法審査会に対して「政党が具体的な改正案を示すことで、国民の皆様の理解を深める努力を重ねていく」よう求め、国民に憲法改正案を発議するのが「国会議員の責任」だと所信表明で述べたこと。

そもそも国会から指名され監視される立場にあるのが内閣総理大臣です。国会での審議や国会議員の活動に対して注文を付ける権限などありません。しかも、憲法99条で首相も国会議員も「憲法尊重擁護義務」を課せられています。憲法改正を発議することが「国会議員の責任」だとの主張は、憲法をまったく理解していないとしか言いようがありません。この「分をわきまえない」発言こそ、安倍首相が慢心の極みにあることを象徴しています。

「満身創痍」ならぬ「慢心創痍」の安倍首相に対し、国民の懸念と疑念は深まる一方です。国民の代表者たる国会議員の仕事は、行政監視と立法活動が二本柱です。この臨時国会でも職責を果たすべく、安倍首相はじめ各大臣には厳しく対峙すると共に、他党とも協力すべきところは協力し、国民にとってよりよい法案を作っていきたいと思います。