11日、各地で東日本大震災から3周年の追悼式が行われ、私は宮古市の追悼式に参列しました。式では、ご主人を亡くされた方が代表して「追悼の言葉」を涙ながらに述べられました。「残された家族の心の傷は癒えることはない」という言葉に、3周年は当事者にとっては何の意味もないことを痛感しました。
宮古だけで亡くなられた方が420人、今なお行方不明の方が94人もいらっしゃいます。全国では死者15,884人、行方不明者は2,636人に上り、既に3,000人を超えるとされる震災関連死を含めると、犠牲者は2万人をはるかに上回ります。そのお一人お一人のご遺族が同じような気持ちを抱いているはずです。
大切な人を失っての3年の悲しみだけでなく、仮住まいでの3年の苦しみや、ふるさとを離れての3年の寂しさを味わっている方もたくさんおられます。3周年は、被災された当事者ではなく、それ以外の人間にとって意味があるのではないでしょうか。震災がもたらした事実を思い起こすこと。そして、不幸な境遇にある方々に少しでも寄り添って、何かしら役に立とうという気持ちを改めて持つことにその意味があるのだと思います。
このようなことを敢えて書いたのは、東京など被災地以外では震災復興への関心が薄れ、過去の出来事、遠い場所の出来事になりつつあるのを感じるからです。
被災地の多くでは、少子化と高齢化、さらに人口減少と産業衰退が進んでいますが、これは遠くない将来、日本のほとんどの地域が直面する課題です。震災からの復興の過程でこうした課題を解決することは、日本全体にとって重要です。
また、災害大国である日本は、首都直下型地震や南海トラフ地震などこの先も大きな天災に見舞われる可能性が大です。今回の震災復興の過程で生じた問題をなおざりにせず、日本全体で知恵を絞ってきちんと対応しておくことは次の災害にも役立つはずです。
東日本大震災からの復興は、日本国民全体にとって現在の身近な出来事です。3周年は、節目ではなく通過点に過ぎないことを国会で訴え、引き続き震災の復興に力を注ぎます。