広島と長崎に人類史上初めて原子爆弾が投下されてから80年になります。4日の衆院予算委員会で、立憲民主党の野田代表は、「昨年12月に日本被団協がノーベル平和賞を受賞し、核廃絶の機運が国際社会で広がると思いきや、核兵器の使用をほのめかす為政者の発言があったり、核兵器の開発を急ピッチで進める国があったり、むしろ逆行している」と指摘。
「戦争の記憶が風化してきているんじゃないかという発言が多過ぎるので、この80周年で、何らかの総理のコメントは出すべきではないか」と石破首相に問うと、「風化というものを避けるために、そして戦争というものを二度と起こさないための、そういう発出は必要だ」と答えました。これを受けて、野田代表は「続投するのだったら、やり遂げたいと思うことをやり遂げるべきだ」と、元首相ならではの重みのある言葉で後押ししました。
その直後の6日、広島で行われた平和記念式典での首相のあいさつに私は注目しました。最も印象に残ったのは、広島平和記念公園前にある「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」に刻まれた歌人・正田篠枝さんの歌を、最後に2回繰り返したことです。
「太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり」
この歌を聴いて、7月に広島平和記念資料館を見学した際、私が見た一枚の写真が脳裏によみがえりました。原爆が投下される前に、国民学校の教室の前で楽しそうに笑っている先生とそれを取り囲む元気でかわいらしい子供たちが写っています。2年前に資料館を訪問したという石破首相も、この写真を心に留めたのだと推察しました。
2019年に改装された資料館に入ると、最初に原爆投下前の広島市と市民の様子を捉えた写真が展示された部屋を通り、その後に原爆投下の惨状を示す数々の資料を目にすることになります。広島だけでおよそ14万人の方が原爆投下から数か月の間に命を奪われました。数えきれないほどの笑顔と未来を奪った原爆の罪深さが骨の髄まで伝わってきます。
6月に米国がイスラエルと戦闘中のイランの核開発施設を攻撃し、戦闘が終わった際、トランプ大統領は「広島、長崎と本質的に同じだ」と発言しました。先の参院選では、「核武装が最も安上がり」と発言した参政党の候補者もいました。
あまりにも安易に核兵器の存在や使用を考えています。資料館を訪れていたなら、普通このような言葉は出てきません。「核の抑止力」を語る前に、広島平和記念資料館を訪ねてみるべきです。そして、間もなく迎える終戦の日の石破首相の発言にも注目していきます。