高市首相の独断による、誰もが予想しえなかった衆議院の解散総選挙。立憲民主党は、政権交代を目指して大勝負に出ました。自民党との連立政権から離脱した公明党と一緒に、衆議院議員165名から成る新党「中道改革連合」を立ち上げ、総選挙に臨んだのです。私も、理念や政策の一致を確認した上で、新党に参加しました。

しかし、「真冬の短期決戦」で活動量が激減する中、新たな党名を浸透させるのは至難の業でした。さらに、選挙戦の終盤にかけ、初の女性総理である高市首相率いる自民党への支持が若者を中心に急上昇していきました。岩手1区では、私と自民党候補との接戦となり、投開票日の8日の日付が変わるころ、ようやく当選が決まりました。

私にとって8度目の選挙でしたが、もっとも厳しい選挙戦となりました。全国の中道改革連合の同志が苦杯をなめ、小選挙区に立候補した202名のうち、当選できたのは私も含め7名しかいません。比例区も合わせた議席数は49となり、選挙前の約3割に減少してしまいました。野田・斉藤の両代表が辞任し、結党間もない中道改革連合は苦境に陥りました。

この惨状を目の当たりにし、小選挙区で勝ち残った中で議員経験の長い泉健太・元立憲民主党代表(10期)、小川淳也・元立憲幹事長(8期)らと意見交換した上で、私と小川代議士が代表選挙に立候補することを決断しました。次期国会の開会日が迫る中、出馬表明が11日、投開票日が13日、有権者は党所属議員49名という異例の代表選挙です。

同期ながら幹事長や政調会長を経験し、ドキュメント映画の主役にもなった小川代議士に比べ、私の国会内外での知名度は低く、苦戦するのは覚悟の上でした。しかし、これまでの人生を振り返り、いかなる逆境下でもあきらめずに道を切り拓いてきた力を今こそ生かしたいと考え、これまで面識のなかった公明党出身の代議士にも支持を呼び掛けました。

投票前の10分間の演説で私が訴えたのは、代表として具体的に何をするかということ。「夢と目標は違う、目標には期限と数値が必要だ」という花巻東高校の佐々木監督の言葉を引き合いに出しながら、来年3月末までの任期を三つの期間に分けて、国会論戦のレベルアップ、政策の5本柱を具体化する法案の作成、他の野党との連携などを進めることを述べました。小川代議士が29票、私が22票という結果に終わりましたが、これから小川代表を支え、党の土台作りを担っていきます。激動の日々はこれからも続きます。