東京では例年になく「花冷え」が続き、今でも散り残った桜の花を楽しむことができます。美しい本物の桜と違って、安倍政権の「桜」は散る時期を誤り、醜態をさらしてきました。「なんで自分が選ばれたかわからない」と自ら語ったとおり、桜田大臣が資質を欠くことは明らかでした。コンピューターへのサイバー攻撃を防ぐ担当なのに「自分でパソコンを打つことはない」と自慢したり、「答弁書を間違いのないように読むことが最大の仕事」と開き直ったり、復興五輪を掲げているのに「(震災直後)東北自動車道が健全に動いたからよかった」と事実に反することを述べたり、まさに「がっかり」することだらけでした。

私も2月13日の衆議院予算委員会で桜田大臣に質問し、呆れ果てたことがあります。オリンピック憲章について「話には聞いているが、自分では読んでいません」という答弁がおもしろおかしく取り上げられていますが、私が呆れ果てたのはオリンピック憲章の根本原則に書かれてある「人間の尊厳」の意味をまったく理解していないことでした。

桜田氏は、「人によって、立場が違うことによって価値観は違うので、尊厳のことについても、いろいろな考え方がある」と答弁しましたが、まったく的外れです。「人間の尊厳」とは、すべての人間が生まれながらに保有するものです。個々の人間の人生や人格そのものに価値を認める考え方です。憲法も「人間の尊厳」を大切にし、基本的人権を尊重しています。

2月18日の予算委員会で、私は、安倍首相に対し、「五輪の根本的な理念を知らないと、おかしな発言をしてしまうことにもつながるし、国際社会にもマイナスの影響を及ぼすおそれがある」と述べ、「五輪の根本的な理念である人間の尊厳を理解していない大臣を続投させるのはおかしい」と主張しましたが、首相は「私は、桜田大臣が人間の尊厳を理解していないとは考えておりません」と言い放ちました。

結局、桜田大臣は、多数の犠牲者、行方不明者を生み、今も約5万1千人の方が避難生活を強いられている東日本大震災の復興よりも一人の政治家が大事だと発言し、辞任しました。「人間の尊厳」を理解していたなら決して口から出ようがない、被災者の境遇をあまりに軽んじる言葉を聞き、私が予算委員会で警告したとおりになったと思いました。

失言とは、たまたま誤って発言するから失言なのであって、あらかじめ予想され、起こるべくして起こった発言は失言ではありません。私が「人間の尊厳」への無理解を指摘した時点で、安倍首相が桜田氏を更迭していれば避けられた発言でした。桜田氏をかばい続け、震災復興の意欲を損なう事態を招いた首相の任命責任と監督責任は極めて重大です。「全員野球内閣」というなら一人の退場で終わらせるのではなく、全員で責任をとるべきです。